発売日:
2003年12月24日
レーベル:
A&M - ユニバーサルミュージック
プロデュース:
リチャード・カーペンター
1998年、デジタル化の波の中で失われかけていた「カーペンターズの原風景」を奪還しようとするリチャード・カーペンターとファンの情熱が、一つの伝説的なボックスセットを生みました。それから5年、デビュー35周年という節目を祝して送り出された本作は、単なる再発売の域を超えた、ディスコグラフィの完全補完を目的とした究極のアップデート版です。30周年記念ボックスで確立された「オリジナル音源への回帰」という思想を根幹に据えながら、本作はさらに広範なアーカイブとしての役割を担うこととなりました。漆黒の特製カートンボックスに刻まれたシリアルナンバーは、これが世界で唯一の、そして所有者にとっての「正典」であることを証明しています。本作が提示したのは、カレン・カーペンターという稀代のボーカリストが歩んだ軌跡を、一点の曇りもなく未来へ語り継ぐという、リチャードの不退転の決意の表れだったのです。
このボックスセットが語り草となっている最大の理由は、それまでのリミックス路線から転換し、「ファースト・ジェネレイション・マスター」への回帰を宣言したことにあります。80年代以降、完璧主義者のリチャードは、最新技術を用いて自らの楽曲を現代的にリミックスし続けてきました。しかし、カレンが生きていた当時の「空気感」を切望する日本のファンと、解説者・小倉悠加氏らの熱意が彼の心を動かします。リチャードは自らスタジオに入り、一切の余計な加工を排除したマスターテープからのデジタル・リマスタリングを監修しました。この決断が、現在私たちが手にするすべてのオリジナル・アルバムの音質基準を確立することになったのです。本作においても、その鮮烈な音像は保たれ、多重録音のコーラスが一人ひとりの声の粒立ちが見えるほど鮮明に響き渡ります。
35周年版における最大の構成変更は、前作で未収録だった2枚のコンセプト・アルバム、『クリスマス・ポートレイト (Christmas Portrait)』と『オールド・ファッションド・クリスマス(An OldーFashioned Christmas)』がラインナップに加わったことです。しかし、この増補には音楽史的な「事件」とも呼ぶべき事実が隠されています。コレクターが熱望した1978年発売のオリジナルLP版音源の復刻ですが、ファースト・アルバム『オファリング(Offering)』さえも完璧に再現したリチャードをもってしても、抗えない現実がありました。実は『クリスマス・ポートレイト(Christmas Portrait)』のオリジナル・マスターテープは、経年劣化による損傷が激しく、もはや修復不可能な状態に陥っていたのです。そのため、本作ではジャケットこそ当時の意匠を完璧に再現しているものの、収録音源は1996年のリミックス版が採用されることとなりました。これは、常に最高純度の音質を追求するリチャードにとって、苦渋の選択であったと同時に、アナログ・マスターが失われゆくという残酷な現実をファンに突きつける、悲劇的な記録でもありました。
また、2001年に日本で先行発売されていた未発表音源集『レインボウ・コネクション〜アズ・タイム・ゴーズ・バイ(As Time Goes By)』が収録から外れたことです。これには、本ボックスが徹底して「1970年代当時のLP体験の再現」に主眼を置いていることが関係しています。当時アメリカで未発売であったこと、そして何より初めからLPというフォーマットでの発売が存在しなかったことが、この「紙ジャケット・コレクション」という厳格な設計図の中に組み込むことを阻んだと考えられます。本作はあくまで「オリジナルLPの完全復刻」という美学を貫くための、ストイックな編集方針を選択したのです。
現在でこそ「紙ジャケット」はリバイバルの定番となりましたが、本ボックスはその潮流を決定づけた先駆的な成功例といえます。単なる縮小コピーに留まらず、アメリカ盤オリジナルLPの質感やテクスチャーまでも精巧にミニチュア化したその佇まいは、外装の域を超えた芸術品と呼ぶに相応しいものです。当時のLPに付属していた内袋のデザインや盤面のオリジナル・レーベル、さらには封入ポスターに至るまで、執拗なまでのこだわりで復刻されました。また、付属のスペシャル・ブックレットには、リチャード自身が寄せたセルフライナーノーツや、レイ・コールマン、小倉悠加氏らによる権威ある解説が並びます。編曲の意図やカレンとのやり取り、レコーディング時のトラック・シートのコピーに至るまで、これらを読み解くことで、私たちはカーペンターズ・サウンドという魔法の裏側に隠された緻密な計算と職人技に触れることができます。
このボックスセットが音楽界に残した最大の功績は、単なる期間限定のコレクターズ・アイテムに留まらなかった点にあります。ここでリチャードの手によって厳格に定義された「オリジナル・マスターによるリマスタリング音源」は、その後の音楽業界におけるカーペンターズ再生の決定版となりました。現在、Apple MusicやSpotifyといった主要なストリーミングサービス、あるいはハイレゾ配信などで私たちが日常的に耳にしている彼らの音源は、基本としてこのボックスセットで確立された基準をベースにしています。かつて漆黒の箱に封じ込められた「正典」としての音像は、今やデジタル・アーカイブという広大な海へと解き放たれ、全世界で配信される音源のスタンダード(標準)として、世代を超えた新たなファンに届けられ続けているのです。
『35周年記念コレクターズ・エディション』は、一過性の記念碑であることを超え、カーペンターズというアーティストの「正しい聴き方」を再定義した歴史的な作品となりました。このプロジェクトがなければ、カレンが生涯をかけて吹き込んだオリジナルの歌声は、リチャードの絶え間ないアップデートの影に隠れ、歴史の中に埋もれてしまっていたかもしれません。日本のファンの熱意がリチャードの頑なな職人気質を動かし、「オリジナルこそが至高である」という共通認識を生んだこの出来事は、音楽制作側と受容側の幸福な関係が生んだ奇跡と言えるでしょう。シリアルナンバー入りの漆黒の箱に収められたこのコレクションは、今も色褪せることのないカレンの歌声を、最も純粋な形で守り続けています。このボックスセットの存在は、音楽を愛するすべての人にとって、アーティストの魂が最も色濃く反映された「オリジナル音源」の重要性を再認識させる、不滅のアーカイブとなったのです。
1969年、兄妹の才能が世に放たれた衝撃のデビュー作。ビートルズのカバー「涙の乗車券」で見せた独自の解釈と、カレンの唯一無二の歌声が刻まれた、瑞々しくも実験的な第一歩。
不朽の名曲「遥かなる影」を収録。バート・バカラックとの出会い、そしてリチャードの緻密なアレンジが結実し、彼らを一夜にして世界のトップスターへと押し上げた金字塔。
「雨の日と月曜日は」「スーパースター」など、切なさが溢れる名曲が並ぶ。カレンの憂いを含んだヴォーカルが、私たちの孤独を優しく包み込む初期の名作。
「トップ・オブ・ザ・ワールド」「小さな愛の願い」収録。リチャードのプロデューサーとしての手腕が冴え渡り、カレンの歌声が最も美しく響く、70年代ポップスの最高傑作。
「イエスタデイ・ワンス・モア」を軸に、古き良きオールディーズへの愛を綴ったコンセプト・アルバム。ラジオから流れる思い出のように、温かくて少し切ない、永遠のスタンダード。
「プリーズ・ミスター・ポストマン」の快活さと、繊細なバラードが同居。多重録音の技術が頂点に達し、カーペンターズ・サウンドが最も贅沢に、そして緻密に構築された傑作。
表題曲をはじめとする優美なカバーが心地よい。カレンの歌声はより深みを増し、私たちの心にそっと寄り添うような安らぎを与えてくれる、癒しのマスターピース。
カントリー、ジャズ、そして壮大なSF組曲まで。ポップスの枠を超え、音楽性の幅を大胆に広げた意欲作。彼らの底知れぬ才能と音楽への探究心が爆発した、隠れた名盤。
80年代の幕開けと共に届けられた、カレン存命時最後のスタジオ・アルバム。磨き上げられたモダンなサウンドと、変わらぬ透明感のある歌声が、新たな希望を予感させた一枚。
ヴォイス・オブ・ザ・ハート Voice Of The Heart
カレンがこの世を去った後、リチャードの手によって完成された追悼盤。一言一言を噛みしめるように歌うカレンの歌声が、私たちの胸に深く、切なく語りかけてくる。
カレンのソロ・セッション音源を含む、貴重なアウトテイク集。彼女の新たな表現への挑戦と、リチャードの深い愛情が交差する、ファン必携のアルバム。
クリスマス・ポートレイト Christmas Portrait
世界中で愛され続ける、クリスマス・アルバムの決定版。リチャードによる豪華なオーケストレーションと、カレンの温かな歌声が、聖なる夜を魔法のように彩る。
オールド・ファッションド・クリスマス An Old-Fashioned Christmas
前作『クリスマス・ポートレイト(Christmas Portrait)』未収録音源を中心に構成された、珠玉のクリスマス・アルバム。カレンの優しい歌声が、凍えた心にぬくもりを灯してくれる。
* 普及盤のファースト・アルバムは『涙の乗車券』です。
* ディスク面の曲目表記は1面2面ではなく、通し番号となります。
村田 博幸
Hiroyuki Murata
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